バーバリーの歴史は、英国の天気と同じくらい変わりやすい。19世紀には機能的な雨具の発明者として始まり、20世紀には帝国と軍のイメージをまとい、後半には王道の英国ブランドとして広く親しまれた。ところが1990年代から2000年代にかけては、チェック柄が大衆文化の中で過剰に消費され、ブランドの格式そのものが揺らぐ。さらに2010年代以降は、デジタル戦略の成功、ロゴやモノグラムの再設計、そして原点回帰が繰り返される。バーバリーは一貫した美学だけで生き残ってきたブランドではない。英国らしさとは何かを、その時代ごとに作り直してきたブランドである。
その中心にずっとあるのが、天候への感覚だ。重くて蒸れるコートではなく、動けて、耐候性があり、見た目にも品がある外套を作ること。バーバリーの起源には、オートクチュール的な夢より先に、英国の雨や泥や風に耐えるための現実的な発想がある。だからこそトレンチコートは、単なる名品ではなく、ブランドの世界観そのものになった。本稿では、1856年の創業から2026年時点のダニエル・リー体制までを追いながら、バーバリーがなぜ英国の国民的ブランドであり続け、同時に何度も危機に陥ったのかを見ていく。
まずは全体の流れを年表で整理しておきたい。
| 年 | 出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 1856 | トーマス・バーバリーが創業 | アウトドア衣料店としてブランドが始まる |
| 1879 | ギャバジンを発明 | バーバリーの技術的中核が確立する |
| 第一次世界大戦期 | トレンチコートが軍用外套として発展 | ブランドを象徴する衣服が誕生する |
| 1920年代 | バーバリーチェックが裏地として定着 | 視覚的アイコンが形成される |
| 2000年代初頭 | 「チャヴ」問題と模倣品氾濫 | ブランドイメージが大きく毀損する |
| 2001〜2018 | クリストファー・ベイリー時代 | デジタル戦略と英国性の再編集で再生する |
| 2018〜2022 | リカルド・ティッシ時代 | ストリートとラグジュアリーの接続を試みる |
| 2022〜 | ダニエル・リー時代 | ヘリテージを軸にしたブリティッシュ回帰が進む |
| 2024〜2026 | Burberry Forward 戦略 | 外套・スカーフ中心の再建が鮮明になる |
この歴史を見れば、バーバリーはトレンチコート一着のブランドではなく、技術、記号、文化的イメージの三つを何度も組み替えながら生き延びてきたメゾンだと分かる。
トーマス・バーバリーとギャバジンの発明
バーバリーの出発点は1856年。21歳だったトーマス・バーバリーが、イングランド南部ハンプシャー州ベイジングストークで小さなアウトドア衣料店を開いたことに始まる。彼はもともとドレーパー(生地を扱う業者)見習いとして働いていたが、英国の天候の下で人々が着ている外套が、重く、蒸れ、動きにくいことに不満を持っていたとされる。彼の関心は、上流階級向けの飾り立てた服というより、現実に使える防護服にあった。
この問題意識が結実したのが、1879年のギャバジン発明である。ギャバジンは高密度に織られた、通気性と耐候性を両立する布で、従来のゴム引き防水布に比べてはるかに軽く、身体が呼吸できた。これは単なる素材開発ではない。外套に対する考え方そのものを変える出来事だった。雨を防ぐために身体を閉じ込めるのではなく、動きながら天候へ対応する。英国的な機能服の美学は、ここでかなり明確なかたちを得る。
バーバリーは早い段階から、その機能性を探検家や遠征隊の領域へ接続した。1893年にはフリチョフ・ナンセンが北極圏探検で着用し、その後アーネスト・シャクルトンの遠征でもバーバリーのギャバジンが使われたことが広く知られている。ブランドが自らを「冒険」と結びつけるやり方は、後年のラグジュアリーブランドのマーケティングにも通じるが、ここではまだかなり実用的な文脈に根ざしている。探検家が必要とするのはイメージではなく、命を守る外套だからだ。
この時点でのバーバリーは、のちのファッションブランドというより発明家に近い。だが、単なる工業製品メーカーに終わらなかったのは、機能がそのまま英国的な品格へ結びついていたからである。雨風をしのぐための布が、そのままエレガンスの記号になる。この変換能力こそが、後のバーバリーの核になる。
軍用コートからトレンチコートへ
バーバリーを世界的なブランドへ押し上げたのは、やはりトレンチコートである。その原型は、第一次世界大戦期に英国軍将校向けの外套として整えられた。塹壕戦に適した防水性、ベルト、エポレット、Dリング、ストームフラップといったディテールは、すべて装飾ではなく機能から来ている。兵士が装備を吊るし、雨を逃がし、動きやすくするための設計だった。
「トレンチ(塹壕)」という名が示す通り、このコートは戦場で生まれた。ところが戦争が終わると、その軍用性は逆に魅力へ転化される。将校たちが帰還後も着続けたことで、トレンチコートは規律、責任感、都市的な洗練を感じさせる衣服として定着した。制服由来の服が民間のエレガンスになるという点で、ここにはスーツ文化やサファリジャケットにも通じる近代服飾史の典型がある。
バーバリーにとって重要だったのは、このコートを過度にファッション化しすぎなかったことだろう。トレンチコートは長く、流行を超えた「持っていて当然の一着」として機能してきた。ハンフリー・ボガートやオードリー・ヘプバーンの映画的イメージがそこへ加わることで、トレンチは軍の記憶だけでなく、ロマンスや都会の孤独、英国的な気品まで背負うようになる。ブランドの代表作がここまで多くの文化的意味を引き受けた例はそう多くない。
現在もバーバリーのヘリテージ・トレンチは、ヨークシャーの工場で生産されると公式に説明されている。ケンジントン、チェルシー、ウォータールーといったモデル名を見ても分かるように、バーバリーはトレンチを単なるアーカイブとして保存していない。切り替えながら、いまも現役の商品として回し続けている。ブランドの過去が、店頭で現在形のまま売られているのである。
バーバリーチェックと英国文化への浸透
1920年代、トレンチコートの裏地として使われたベージュ、黒、白、赤の格子は、のちに「バーバリーチェック」としてブランドの最重要記号になる。トレンチが機能と軍の記憶を担う衣服だとすれば、チェックはバーバリーを一目で認識させる視覚言語だった。しかもこの記号は、最初から全面に押し出されていたわけではない。内側の裏地、つまり身に着ける人だけが知る部分から始まったことが面白い。外へ向けた大ロゴよりも先に、ひそかな認識のしるしとして育ったのである。
20世紀後半になると、このチェックはマフラー、傘、ライナー、バッグへと広がり、英国の中産階級から国際的な観光客まで広く浸透していく。王室御用達のイメージもその権威を後押しした。バーバリーはここで、トレンチコートだけのブランドから、チェックを通じて英国性そのものを販売するブランドへ拡張したと言える。
ただし、チェックの強さは諸刃の剣でもあった。どのブランドでも、強い視覚記号は認知を上げる一方で、過剰流通や模倣の危険を高める。バーバリーの場合、この問題が2000年代初頭に一気に噴き出すことになる。
ここで、バーバリーを支えてきた主要なコードを整理しておくと、後の失墜と再生の構造が見えやすい。
| コード | 形成時期 | 役割 |
|---|---|---|
| ギャバジン | 1879 | 技術ブランドとしての核 |
| トレンチコート | 第一次世界大戦期 | バーバリーの象徴商品であり英国外套文化の中核 |
| バーバリーチェック | 1920年代以降 | ブランド認知を一目で成立させる視覚記号 |
| エクエストリアン・ナイト・デザイン | 20世紀初頭 | 騎士道と英国的伝統を象徴する紋章的モチーフ |
バーバリーは、この技術と記号の両輪で成り立っている。どちらか一方だけでは、ここまで長くは続かなかっただろう。
1990〜2000年代:「チャヴ」問題とブランドの毀損
バーバリー史の中でもっとも痛みを伴う時期が、1990年代末から2000年代初頭にかけてである。英国でライセンス商品が広がり、チェック柄は帽子、ベビー服、犬用アクセサリーにまで氾濫した。商品数が増えること自体が悪いわけではない。問題は、ブランドの視覚記号が統制を失ったまま、市場のあらゆる場所へ拡散したことにあった。
そこへ重なったのが、英国メディアが「チャヴ」と呼んだ若年労働者階級のステレオタイプとの結びつきである。野球帽やトラックスーツ、チェック柄をまとった一部の若者たちのイメージが、タブロイド紙や大衆文化の中で嘲笑的に消費され、バーバリーのチェックはたちまち階級差別の文脈へ巻き込まれていく。ここで起きたのは、単なる「ダサいと思われた」というレベルの話ではない。ブランドが長年築いてきた品格の記号が、逆の意味で読まれるようになったのである。
模倣品の氾濫も深刻だった。チェックは複製しやすく、空港、露店、安価な量販品に似たパターンが大量に出回った。強い記号を持つブランドほど偽物に苦しむが、バーバリーはその影響を正面から受けた。結果として2000年代初頭のブランドイメージはかなり傷つき、英国国内では「チェックを前面に出すのは少し気恥ずかしい」という空気すら生まれた。
この時期の失敗は、後から見るとかなり教訓的である。バーバリーはあまりにも有名になりすぎて、自分の領域を守り切れなくなった。トレンチコートのように時間と機能で信頼を得る商品より、すぐに分かるチェックの方が流通しやすかった結果、ブランドの核が表層に食われてしまったのである。
クリストファー・ベイリー:デジタル時代の再生
この危機からブランドを立て直した中心人物が、2001年にデザインディレクターとして入り、2004年以降にクリエイティブの核を担ったクリストファー・ベイリーである。彼はまず、チェックの過剰露出を抑え、トレンチやアウターウェアをブランドの中心へ戻した。これは単純な「原点回帰」ではなく、何が本物のバーバリーなのかを改めて編集し直す作業だった。
ベイリーの功績は二つある。ひとつは、英国的ロマンティシズムを現代の若い感覚へ翻訳したこと。トレンチ、ミリタリーコート、レース、霧のような色調、音楽との連携。彼のバーバリーには、伝統がそのまま重く残るのではなく、ロンドンの湿った空気と若い感受性の両方があった。もうひとつは、デジタル戦略の異常な早さである。
2009年の「Art of the Trench」は象徴的だった。一般の人々やクリエイターが着るトレンチの写真を集め、ブランドの世界観を広告ではなく参加型のイメージへ開いたこの企画は、当時としては先進的だった。2010年にはランウェイのライブ配信や、ショー直後のオンライン注文といった試みでも注目を集める。ラグジュアリーブランドがデジタルを恐れる時代に、バーバリーはむしろテクノロジーを英国ブランド再生の武器として使った。
ベイリー時代のバーバリーは、チェックの氾濫で傷ついたブランドが、トレンチとデジタルの組み合わせでどこまで回復できるかを示した好例でもある。伝統を守るだけではなく、伝統を新しいメディア環境へ適応させる。その意味で、彼は21世紀のバーバリーを最初に本格的に作った人物だった。
リカルド・ティッシの実験と方向転換
2018年、バーバリーはイタリア出身のリカルド・ティッシを迎える。ジバンシィで築いたゴシックでストリート寄りの感覚を持つデザイナーの起用は、ベイリー後のブランドがさらに大きな更新を求めていたことを示していた。ティッシはロゴを刷新し、モノグラムを導入し、ブランドをよりグローバルで若く、ストリートカルチャーと接続した存在へ変えようとした。
この試みは一部では評価された。リカルド・ティッシのバーバリーは、従来よりも都会的で、ラグジュアリー・ストリートの文脈に入りやすかったからだ。だが一方で、外から見たときに「それはバーバリーである必然がどこにあるのか」という問いも強くなった。トレンチ、英国の雨、チェック、騎士の紋章といったコードが残っていても、それらがブランドの中心にあるとは感じにくい局面があったのである。
これはティッシ個人の力量というより、バーバリーというブランドの条件の厳しさを示している。パリのメゾンなら成立する抽象的なラグジュアリー像を、そのまま英国の国民的ブランドへ当てはめることはできない。バーバリーでは、どこかに天候、外套、実用、土地の感覚が残っていなければ輪郭がぼやけやすいのだ。
ダニエル・リー体制:ブリティッシュ回帰と現在地
2022年に就任したダニエル・リーは、そうした混線のあとで、かなり明確にバーバリーを「英国のブランド」へ戻そうとした。彼の仕事で目立つのは、外套、スカーフ、ブーツ、田園と都市、王道のアウターウェアといった語彙の強調である。ロゴを大声で叫ぶより、トレンチやチェックやアウトドア感覚そのものを新しいイメージへ組み替えることに重点がある。
もちろん、就任直後からすべてがうまく進んだわけではない。2024年から2025年にかけてのバーバリーは業績面で厳しい局面も経験し、2025年3月29日までの52週における売上高は24.61億ポンドで、前年の29.68億ポンドから大きく減少した。だがその一方で、公式発表でも下半期の改善は示されており、比較可能売上は上半期のマイナス20パーセントに対して下半期はマイナス5パーセントまで縮小した。CEOジョシュア・シュルマンのもとで進む「Burberry Forward」は、ブランドを高すぎる抽象性から引き戻し、誰が見てもバーバリーだと分かる商品群を強化する方向へ向かっている。
ダニエル・リーのバーバリーを見ていると、原点回帰は懐古ではないと分かる。トレンチやギャバジンは古いから重要なのではなく、そこにいまなおブランドの必然があるから重要なのだ。実際、2026年に入ってからのトレーディングアップデートでも、アウターウェアやスカーフの強さが改善の中心に置かれている。ブランドが売上のために何でもやる段階から、自分の最も信頼できる領域を軸に再建する段階へ戻ってきたとも言える。
以下に各体制の違いを整理しておく。
| 時代 | 主な担い手 | ブランドの方向性 |
|---|---|---|
| 創業〜20世紀前半 | トーマス・バーバリーと後継者たち | 機能性と英国的品格をもつ外套ブランドを確立 |
| 2000年代前半 | 危機の時代 | チェックの過剰流通でブランドが毀損 |
| 2001〜2018 | クリストファー・ベイリー | ヘリテージとデジタルを結びつけて再生 |
| 2018〜2022 | リカルド・ティッシ | ストリートとモノグラムによる再定義を試行 |
| 2022〜 | ダニエル・リー | 外套と英国性を中心に据えて再構築 |
この比較を見ると、バーバリーの再建はいつも「何を残すか」をめぐる編集の仕事だったことがよく分かる。
バーバリーが残してきたもの
バーバリーの歴史を通して見えてくるのは、ブランドとは単なる記号の集合ではなく、気候と生活の記憶をどれだけ持ち続けられるかでもあるということだ。ギャバジンの発明、軍用コートとしてのトレンチ、裏地から始まったチェック、デジタル時代の再生、そしてダニエル・リーのもとでのブリティッシュ回帰。これらは別々の章ではなく、英国の天候に対する機能的な発想をどう時代ごとに再翻訳するかという、一つの長い試みの連続だった。
だからバーバリーが今後も重要であり続けるかどうかは、トレンドをどれだけ追えるかより、自分たちの原点をどれだけ現在形で見せられるかにかかっている。雨の国の外套ブランドとして始まった家が、ここまで長く生き延びた理由は、その原点がいまも商品として、イメージとして、文化として機能しているからである。バーバリーはこれからも、英国らしさを売るブランドである前に、英国らしさとは何かを更新し続けるブランドであり続けるだろう。